都鳥椿&真奈〜鉄血の処女(おとめ)



 お姉ちゃんとお母さんが言い争っている。……訂正、お母さんがお姉ちゃんに文句を言っている。
お姉ちゃんは相手にしていない。それでお母さんはますます怒る。

 この間、お姉ちゃんがお見合いをした。相手の人はお母さんの知り合いの息子さんで公務員。
お姉ちゃんは問題なく終わったと言っていたけど、お母さんはあんな子とは思わなかったと愚痴っていたから、
お姉ちゃんがまた何か外したっていうのが正しいところだろう。

 で、それから数日経って、お見合いの相手に連絡はしたかとお母さんが訊ね、すっかり忘れていたお姉ちゃんに、お母さんはこう書きなさいとメールの文面を指示した。
お母さんがお見合いしたんじゃないのに、変な話だけど……お姉ちゃんはそっくりそのまま書き送り、相手は当然気に入ってもらえたと思いこんでデートを誘ってくる。
だけど日曜日お姉ちゃんは仕事があって――お姉ちゃんの仕事はカレンダーとは関係ないから――断り、次の週も仕事で断り、その次は休みだったけどお姉ちゃんは高名な合気道の先生に指導してもらえるというのでそっちを選んでやっぱり断って、んでもってお母さんが見るにみかねて強引にお姉ちゃんをデートに送り出したところ、管轄内で交通事故が起こって呼集がかかったとかでお姉ちゃんは相手を置き去りにして仕事に行ってしまい……かくしてお母さんの頭に角が生えたというわけだ。

 あなたの将来を思って言っているの――私は職務を果たしただけよ――だからといって相手の男の人を置いて――事故で傷ついている人がいるのに放っておけと? だめだこりゃ、お母さんには勝ち目ない。岸壁にぶつかる波のごとし。

 いいでしょう、お母さんが望むのなら結婚するわよ。お、流れが変わったぞ。具体的な進め方がわからないからお母さんの方でいいように進めて。お母さんがさらに怒った。あなた結婚をどう考えているの、そんな安直な――お母さんは私に結婚して欲しかったんじゃないの、だからそうするって言ってるのにどうして怒るのよ、筋が通らないわ――あ〜あ、お母さん、言葉も出なくなっちゃった。

 自分の部屋へ戻るお姉ちゃん。すたすた、小気味良い足音。う〜ん、かっこいい。

 しばらくぶつくさ言ってから、部屋に引っこみ、寝こんでしまうお母さん。颯爽としたお姉ちゃんに比べて、こっちはどうもみっともないなあ。

 夜になって帰ってきたお父さんは、事情を聞いて即断、「椿が正しい。母さんはもう少し論理的に話を進めるべきだ」これでお母さん完全にノックアウト。二日寝こんでしまった。

 次の土曜日、なんとお姉ちゃんがくだんの男とのデートに出かけた。お母さんの執念かそれともお姉ちゃんが自分で動いたか、相手がよほどの物好きか。
 だけど夕方、お姉ちゃんは困った顔で戻ってきた。
 相手を入院させてしまったそうだ。
 手を握られて、反射的に手首を極めて、投げた。相手は簡単に転がって、手首と腰を痛めたらしい。
 ものすごい剣幕で詰め寄ったお母さんに、お姉ちゃんは珍しくくってかかった。
「まさか受け身も取れないなんて、そんな男に用はないわ。大体、自分の身も守れない軟弱者と家庭を持って、どうやって社会の正義と秩序を守れるのよ!」
 これでまたお母さんノックアウト。三日寝こんだ。

 だけどお姉ちゃんもさすがに悪いと思ったようで……。

 ――――リビングのソファーで、お姉ちゃんが本を読んでいる。
 私は唖然とした。

「…………お姉ちゃん、何読んでるの」
「雑誌」

 明瞭簡潔な返答をよこすお姉ちゃんが手にしているのは、けばけばしく、やたらと扇情的な見出しの並ぶ、俗悪な――いわゆるあれだ、エッチな雑誌……!

「どうやら私は、男女のことについて知識が足りないみたいだから、勉強よ」
「そ、そう……」

 言葉がない。というか、私も生まれてこの方そんな雑誌など見たことがないので、どんなことが書いてあるのか見当もつかないわけで、ゆえに感想の述べようがないのだ。

「興味あるなら、見ていいわよ」

 お姉ちゃんの傍らには同じような雑誌が山積みになっている。こわごわ手を伸ばし、一番上のものを手にしてみたが、開いた途端に肌もあらわな女の人が大きく足を開いているいやらしい写真が目に飛びこんできて、嫌になって投げ出した。

「ところで真奈、タダマンというのは何のことか、わかる?」
「さあ……」
「ヤリチンというのは?」
「?」

 私も、そういうことは詳しくない。友達が色々話しているのを小耳にはさんだことはあるが、私が聞いているとわかるとみんなすぐに話をやめてしまうのだ。

「やっぱり男性向けの本ではだめなのかもね」

 次の日、お姉ちゃんは山積みの女性向け雑誌――セックスだの性愛だの過激だの愛欲だの、とんでもない言葉がずらずら並んでいるものを熱心に読みふけっていた。



 ――――夜。

 お姉ちゃんは私の部屋にいる。そんなに珍しいことでもない。私もよくお姉ちゃんの部屋に遊びに行く。昔から姉妹一緒にいることが多かった。

 今日のお姉ちゃんのお目当ては、私の部屋にある少女マンガだ。私が友達から借りてきた。恋愛について勉強するならこれよ、とにやにやして……読んでみたらかなり過激なエッチシーンがあって、あいつ絶対明日私をからかうに違いない。お姉ちゃんけしかけてやろうか。

「……大体のところはわかったわ」

 しばらく経って、ぱたんと音を立てて本を閉じたお姉ちゃんが、いきなりそんなことを口にした。

「わかったって、どんなこと?」
「男は女を求めるということ。それもかなり即物的に、胸やお尻、足といった性的魅力を感じさせる部分に惹かれるということ。つまりは性欲最優先で動く生物ということ」

 お姉ちゃんはさも軽蔑したように鼻を鳴らした。

「そんなこと最初からわかっていたのに。再確認でしかなかったわ」
「そうよ、男ってエッチなことしか考えてない、スケベでガキでどうしようもない生き物よ」

 私も同調。学校で毎日のようにそういう連中と接しているからよくわかる。

「そうよねえ。ただ……」
「ん? なに?」

 いきなり、男女が裸でからみあっている絵を見せられた。
 思わず顔をそむける。

「真奈は、こういうことしたいと思う?」
「べっ、別に! 全然!」
「そうよね。こういうことをみんながしているっていうのはわかるんだけど、どうもその気分が理解できないのよ。そこが問題だわ」
「………………」

 お姉ちゃんと違って私は、本当のところは、興味がないわけじゃない。その辺のチャラチャラした男子やみんながイケメンて呼んでる連中はどうでもいいが、きちんとしていて折り目正しく、紳士的な大人の男性なら、仲良くなってみたいと思わないでもないのだ。男の人と二人きりで会って、同じ時間を過ごすというのはどういう経験だろう。手をつないだり、抱き合ったり、キスしたり、さらにその先まで許す時、どういう精神状態、どういう感覚になるのだろう。

 真剣なお姉ちゃんの前で私だけそんなことを考えているわけで、しかもお姉ちゃんの手には男女が絡み合っている絵があるわけで、そんなものをお姉ちゃんが持っているというそのことがそもそもどうにも収まりが悪くて、どうしようもなく落ち着かない。

 追及されたら非常にまずいことになりそうだったけど、お姉ちゃんはまったく別なことを考えていた。

「真奈」
「は、はい?」
「ちょっと試してみてもいい?」
「試す?」
「脱いで」
「…………はい?」

 お姉ちゃんは大まじめだった。
 自分からパジャマのボタンを外しはじめる。

「ち、ちょっ、お姉ちゃん、何するの!」
「だから、脱ぐのよ。真奈も、ほら」
「なんで!?」
「この本には、裸で抱き合うのが最高に素敵だと書いてあるじゃない。考えてみれば確かに、それは試したことがないのよ。胸をいじってみたことはあるけどくすぐったいだけだったし、机の角に股をこするというのも試したけれど何ともなかったし……残るはこれだけなのよね。でも抱き合うってのは一人じゃできないから、手伝って」

 お姉ちゃんの上着がはらりと脱げ、素肌があらわれた。

 ――お姉ちゃんの体って、最高に綺麗だと思う。鍛えてて、無駄な肉がなくって、そのくせ男みたいにごつごつもしてなくて。

 私も服を脱ぐ。一応トレーニングは欠かしていないけれども、お姉ちゃんに比べればぶよぶよしてて、あんまり気に入ってない自分の体。特にウェストが気になる。

「ブラも取る?」
「好きになさい」

 お姉ちゃんが外していたので、私もブラジャーを外した。どきどきする。恥ずかしいのと照れくさいのと半々。あと、これからすることへのスリルも若干。

「後ろ向いて」

 言われた通り背中を向ける。

 緊張に一瞬息をのむ。次の瞬間、お姉ちゃんの腕が巻きついてきて……ふかっ、ふわっ、くにゅっ……どう表現していいかわからない感触と共に、あたたかな体がくっついてきた。

「どう?」
「ど、どうって、その、あの……」

 言葉が出ない。
 とんでもない気持ちよさ。友達とふざけて抱き合ったことならあるけれど、素肌同士のくっつく感触というのが、こんなにいいものだなんて。

「結構気持ちいいわね」
「うん……」

 結構、どころじゃないよ、お姉ちゃん……。

「真奈とこうするのって、いつ以来かな」
「一緒にお風呂入ってた……小学生ぐらいだと思うけど」
「大きくなったねえ」
「そりゃ……ひゃっ!?」

 お姉ちゃんの手が、私の胸に。

「へえ……」
「ち、ちょっと! なんで揉むの、ひゃっ、んひゃっ!」
「いや、自分のならともかく、他人の胸なんて揉んだことないから」

 お姉ちゃんの手。指が長くて、力が強くて、それが私の胸を揉みしだき、こね回す。

「これで気持ちよくなるの?」
「さ、さあ……」

 くすぐったいというか、むずむずはするけど、見聞きしたことのあるような声の出る快感なんてものは来ないわけで。いや別に、お姉ちゃんの手で気持ちよくしてほしいわけじゃない。私はそういう趣味はない。……うん、ない。ないはず。大丈夫、別になんともない……。

「それじゃ、交替」

 お姉ちゃんはあっさり体を離した。ちょっと残念な気分――いやだから、私にはそういう趣味はないんだって!

 お姉ちゃんの裸の背中にそっと抱きつく。背筋の浮き出た、弾力ある肌に、自分の胸が触れ、だんだんと押しつぶされ、形を変えて、完全密着。なんか不思議な感じ。

「へえ……こりゃ気持ちいいね。真奈って結構あったかい」
「胸、いい?」
「どうぞ」

 お姉ちゃんのおっぱいに手をあてがう。

 こ、これは……この手の平に吸いつくようなむちむちもちもちの感触は……!

「ふうん。こんな感じなんだ」
「も、揉むよ……」
「どうぞ」
「うりゃうりゃ」

 私は冗談めかして、その実手の中のやわっこい感触に夢中になって、お姉ちゃんの胸を揉みに揉んだ。

「ちょっと痛いかな」
「あ、ごめん」
「で、どう? 感想は?」
「まあ……割と、触り心地はいいよ……」

 本当は割とどころかいつまでも揉んでたいけど、それは絶対の秘密。

「ひゃっ!?」

 いきなり、お姉ちゃんの体が跳ねた。
 乳首に触っちゃったんだ。

「そこはパス。さすがにきつい」
「へえ、お姉ちゃんでも乳首は弱いんだ?」
「人間なら誰でも弱いの!」

 お姉ちゃんは拳を固め、私の膝をこつんと叩いた。びりっと来て足が痙攣、思わず悲鳴。

「ほらね」
「このぉ……!」

 私はここぞとばかり、お姉ちゃんの首に腕を巻きつけた。ええと、Vの字にした腕のこことここで、頸動脈を……確かこの辺……。

「ポイントずれてるよ。もうちょっと上、それから空いてる手で頭の角度をコントロールするのも忘れないで」

 冷静に教えてくれるお姉ちゃん。

「んっ」

 パンパンと私の腕を叩いた。極まったんだ。



「………………」

 私は――――腕を離さなかった。

 自分のものじゃなくなったみたいに、離すどころか、さらに腕に力をこめた。



 お姉ちゃんの血流がせきとめられ、脳に血が行かなくなる。

「――――!!」

 もがいたお姉ちゃんの目が焦点を失い、力が抜け、腕がだらんとなった。

 私より背が高く、大きく、力が強く、そして綺麗なお姉ちゃんの体が、私の腕の中で力を失ってゆく……。

 ごくっ。喉が鳴る。

 こわごわ腕をほどくと、重たい体がもたれかかってきた。完全に失神している。

 少し唇を開けて、薄目をむいて気絶している、裸のお姉ちゃん。

 びっしり、鳥肌。だけどものすごく胸が高鳴っている。体が熱い。おかしな熱さ。すごくいけないことをしている感じ。口の中が乾いてまた喉が鳴る。

 なんでこんなことをしたんだろう。自分で自分がわからない。



「ええと、こうだっけ……」

 お姉ちゃんの上体を起こし、背中に膝をあて活を入れようとする。

 投げ出されたエッチな本。行為を終えた男と女が同じベッドで寝そべってゼイゼイ言ってるところが開いている。

 お姉ちゃんが結婚したら、いやそこまでいかなくても誰かとつきあったら、あんな風に、今のこういう、ぐったりしたあられもない姿を見せるんだろうか。

(なんか…………やだ…………)

 まだ見ぬ相手の男のことを、私は嫌いになることに決めた。



「せいっ!」

 活を入れると、すぐにお姉ちゃんは意識を回復した。

「このおおっ!」

 即座に押し倒される。腕ひしぎ十字固めから始まる、何度ギブアップしても許してくれない地獄の関節技フルコース。

 だけど、お姉ちゃんに容赦なくかつ力強く痛みを与えられることが、苦痛であることには変わりないんだけど、その時は妙に嬉しかった。

 激痛にもがく私の胸がぶるぶる揺れているのも、なんだか無性に可笑しくて、関節を極められ脂汗を浮かばせながら、私は唇の端で小さく笑った。





 ――――裸で汗だくになって絡み合っている私たちを見て、お母さんはそれから四日間寝こんだ。








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